45 額井岳(m)





【ぬかいたけ】別称:大和富士。奈良市都祁吐山町と宇陀市榛原区の境。大和高原の南端に位置するこの山を中心に、西にある貝ヶ平山(かいがひらやま)、香酔山(こうずいやま)、東の戒場山(かいばやま)などを額井(ぬかい)火山群と呼ぶが、その主峰である。 別称の通り富士山型の秀麗な山容を持ち、南の榛原や室生ダムからは、左右に支峰を従えた「山」の字形に見える。南の山麓を東海自然歩道が通っている。
 「額井」の名については、『大和志』宇陀郡の「村里」の項に見られるが、「山川」の項に「額井岳」の記載がない。一方、香酔峠を挟んだ西の香酔山(こうずいやま)(800m)については「香水山。赤瀬村の西北に在り、城上山辺の二郡に跨る。山巓に竜王祠有り。旱(ひでり)の年に雨を祷(いの)る」とある。香酔峠の近くにはスズラン自生の南限地、吐山(はやま)があり、山と峠の名はこの花の芳香からきている。

額井山麓の十八(いそは)神社は、今は廃寺となった極楽寺の鎮護社であり、春日作りの神殿が建つ境内からは、室生の山並みが一望できる。 神社横の登山口から林道を少し行き、ジグザグの登りは香酔峠への分岐で大きく右に折れ、さらに急登して額井岳山頂に着く。神社から山頂まで1時間足らずである。
この山も大和に多い雨乞いの山で、頂上に水神の祠がある。近年、頂上台地の南側が切り開かれて展望台が設けられた。 龍門山系を初め、遠く大峰、大台の山々が望まれ、榛原や大宇陀の町並みは眼下である。また頂上北側からは西方に鳥見山、貝ヶ平山と見事な展望が開ける。香酔峠のやや北からも登路があり、同じく1時間ほど。
額井岳から戒場山への稜線歩きは、ところどころ虎ロープが張ってある急坂の下りで始まる。登り返し、しばらくはなだらかな道になる。岩が並ぶ間を通り、林が途切れると電波反射板が立つ見晴らしのきく場所にきて正面に戒場山が見える。再び下ると、右へ山辺赤人墓への道を分けて林の中の登りになり、傾斜が弱まると間もなく三等三角点の埋まる戒場山山頂に着く(額井岳から1時間20分ほど)。
戒場山(かいばやま)の名の由来は、字義から「仏教の戒律を守るところ」とか、読みから「家畜の飼料を取った所、飼い場」ともいわれている。山頂は雑木林の中で無展望である。少し稜線を進み、南にじめじめした谷間を下ると30分強で戒長寺に降りる。寺伝では用明天皇の勅願による聖徳太子の建立で、空海も修行した寺という。
質素な佇まいだが、境内のお葉付きイチョウと十二神将を鋳出した重要文化財の梵鐘で有名である。また隣接する戒場神社にはホオノキの巨樹がある。
 「お葉付イチョウ」は目通り4m、高さ30mの大木で樹齢500年、ごくまれに葉に実が付くという珍しいもので県指定文化財、かって秋には境内は黄色い絨毯を敷きつめたような光景だった。しかし2008年には落葉も疎らで、大黒さんが「ここ二、三年は気候のせいかお葉付銀杏を見つけるのが難しくなりました。今年はギンナンもこれだけ…」と笊に入ったわずか二、三個の実を見せてくださった。
戒長寺から額井岳の麓を通る東海自然歩道わきに、山部赤人墓と伝えられる五輪塔がある。この辺りを山辺三というので、それから生まれた伝承とも考えられる。正面に額井岳、左手に広がる曽爾の山々や三郎ヶ岳などを眺めながら約1時間で十八神社に帰る。

私の関西百山
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