キナバル登山記 (1)

【キナバル山】東南アジアの最高峰・ロウズ・ピーク(4,095m)を主峰として、特異な形状の花崗岩が並ぶ大きな山体が熱帯雨林の上に聳えている。珍しい動植物が自生することでも知られ、一帯はキナバル公園として世界遺産に登録されている。

【登 山 日】 2005年1月22日(土)〜23 日(日) 晴れ
【メンバー】 久保和恵、森沢義信、芳村嘉一郎、芳村和子
【コースタイム】
1月22日 8:30 Timpohon Gate checking point (1866m)…Carson fall…9:01 Pondoc(shelter) Kandis(1981m)…9:17-? KM1.5 =Pondoc Ubah(2018m)… 9:46 KM2…9:56-? Pondoc Lowii.(2267m)…10:04 KM2.5…10:41-52 Pondoc Mempening(RTM Station分岐)…11:05 KM3.5…11:20-58 Layang-Layang Staf Qtrs(2702m)昼食…12:02 KM4…12:42 KM4.5…13:18〜13:35 Pondoc Villosa…13:55 Pondoc Paka(3080m)…14:08 KM5.5…Waras Hut (3243m)…14:50 Laban Rata Rest house(3272m)

21日。コタキナバルへは関空からわずか4時間半のフライトである。ボルネオの青い海と白い砂浜を見下ろす頃、すぐ近くの雲の上に、角を幾つも突き出すような幅広い山が見えた。あれがキナバルかと思ったら、間をおかずアナウンスがあった。話に聞き写真で見てはいたが、実際に異様な山容をこの目にすると、期待と不安が交錯する。空港で現地女性係員の出迎えを受け、専用車でクンダサンへ向かう。椰子の木茂る海岸沿いから、山越えの道路になると前方にキナバル山が次第に大きく見えてくる。
峠のような所で車を停めてもらって、写真を撮る。さらに先に屋台の土産物屋がたくさん並んでいるところがあり、ここでは展望台に登って、金色に輝く夕暮れのキナバル山を間近に眺めた。
 夕焼け雲がたなびき、空には満月近い月がかかっている。車はキナバル公園への道を見送って峠を越え、いつの間にか輝き始めた町灯りを見下ろして走る。町から再び1キロほど登った、丘の上に立つホテルが今宵の宿。夜の間ずっと、外で雨が降るような気配がしていて、雨具を着て山を登る嫌な夢を見た。
22日。朝の光に窓を開けると、前の広場の端に背の高い針葉樹が並び、その梢が強い風に揺れて水の流れるような音を立てていた。昨夜、雨と思ったのはこのせいと分かると急に元気が出た。
 樹の上に頭を出したキナバル山がバラ色に輝いている。急いで外にでて、MT. KINABALU VIEW と書かれたゲートをくぐると展望台があり、緑の山麓に長い裾を引いたキナバル山が全容を露わにした。明るい陽の光りが山頂部の岩峰群から次第に下に降りてくる。
迎えの車に乗り込み、パークヘッドクォータ(公園本部、PHD)に行く。管理事務所の前に登山ガイドとポーターが迎えに出ていた。広場には公園と登山の大きな地図板があり、背後のジャングルの上にキナバル山がでんと聳えている。駐車場には何台ものバスや車が止まり、いろんな国から来た登山者でごった返している。ここでしばらく待ち、名前と登山日、グループ認識番号の入ったIDカードを貰って首に懸ける。このIDカードは山にいる間、必ず身に付けているように言われた。また昼食の弁当もここで渡されてザックに入れる。登山口のティムポホン・ゲート(Timpohon Gate)は、さらに4q先にあり、再び車に揺られて行く。
 ゲートはカシの森に囲まれた1866m地点にあり、傍らに山小屋や中腹の電波塔に電気を送る発電所がある。ここで、またしばらく待たされた。どうも時間差で行動させて登山道の混雑を避けているように思えた。その間、屋上の展望台に登ると、遠くに海が霞んで見えた。ゲートが開き、いくつかのパーティと前後して出発。ガイドのロジャー君は21 歳、ゴムサンダルを履いて自分のザックとMさんの荷物を持ち、しっかりした足取りで歩く。しんがりに歩くポーター君(名前は難しい発音で覚えられなかった)は27歳で、にこにこと愛想がよい。二人で余分な荷物(一人分5sに制限されている)を小屋まで運んでくれるので、私たちはサブザックに水筒と弁当、雨具ぐらいを入れた軽装で歩く。後で聞いたところでは、彼等は週二回の頻度でこの山に登っているそうだ。
ゲートから幅広い階段道を少し下る。カールソン滝(Carsonは初代公園監視官の名)があり、辺りには鮮やかなピンク色のキナバル・バルサム(ホウセンカ)がたくさん咲いている。ここからがいよいよ登りになる。
歩き始めて気付いたことだが、予想していた登山道の状況とは違うことが二つある。一つは、林の中で蒸し暑さを覚悟していたのが、日陰で意外にも涼しく快適なこと。今ひとつは、今日の登りは長いだけで緩やかだと思いこんでいたのが、何の何の決して楽ではないことだ。
 登山道はよく整備されていて、アイアンウッズという固い木や鉄で階段状に補強されているのだが、この段差が足の短い私たちには高過ぎる所が多く厄介なのだ。時には鉄製の手摺りを頼りにして足を持ち上げる始末である。
 ゲートから500m歩くと、緑色の板に「K0.5」と記した標識がある。この標識は以後500mごとに設置されていて、現在地入りのルートマップが併設されているところもある。
 歩き始めて30分で最初のシェルター(Pondoc Kandis)を通過する。登山路要所にあるシェルターには、いずれもベンチのある四阿、水洗トイレ、蛇口のついた水タンク(ただしUntreated Water「未処理水」と表示)が設置されている。暗い林の中でひときわ鮮やかなオレンジ色や朱色のシャクナゲの花や、足元にひっそりと咲くランの花、背丈を超す大きなシダ(現地語でパキス?)など珍しい植物が次々現れる。写真を撮りながら、ゆっくり登る。ロジャーに教えられて小ウツボカズラSmall Mountain Pitcher-plant (Nepenthes tentoculata)を初めて見た。形は去年11月にプーケットで食べたものに似ているが、勿論ずっと大きい。


次のシェルター(Pondoc Ubah)を過ぎて、やや大きいウツボカズラNepenthes lowiiを見る。2.5q地点からは岩混じりの細い道となり、3q地点を過ぎてラヤンラヤン(Layang-Layang)の電波中継所へ続く急な階段道を分ける。
 大きな
木性シダの群落などがあり、熱帯雨林らしい様相となる。低くささやくような声や甲高い金属的な声など、いろんな鳥の囀りを聞きながら登る。ブッシュの枝をムシクイに似た鳥が飛び交っている。野生のラズベリーの実を口に入れてみたが、渋くて美味しくなかった。
四つ目のシェルター、ラヤンラヤン(Layang-Layang)は標高2700mにあり、此所でほぼ今日の半分の行程になる。横にスタッフ用の宿舎を備え、道の両側に二つの四阿がある。ここで昼食となり、持参したランチボックスを開く。サンドウィッチ、カレー風味フライドチキン、茹で玉子、リンゴまでついてボリュームたっぷり。私は全部平らげたが、和子はあまり食べられなかったようだ。
 ふさふさした尻尾の小動物が残り物をあさりに、すぐ側まで近寄ってくる。ボルネオ地リス(Borneo ground squirrel)と思うが、キナバルネズミかも知れない。丸い目をしてあまり人を怖がらず可愛いものだ。

今日後半の行程は黄色い土の急な坂道で始まる。霧が出てきて、午後は良くスコールがあると聞くだけに、ちょっと気にしながら登る。
 新しいロッジの建設現場を通り、少し道を離れて下ったところに大形の
ウツボカヅラ Mossy Pitcher-Plant (Nepenthes Villosa)を見る。チョコレート色の、口に飾りを付けた花瓶型で、中に樹液をたたえている。
露出した岩場を少し登ると、視界が開け森林限界を越えたのかと思う。露岩の上にザックを下ろし休憩する。
 周りを囲む植物は、シャクナゲ、南方松、ヒースシャクナゲなど、ここの強アルカリ性土壌に適したものだけだという。
 特に目立つのは現地語でサヤッ・サヤッと呼ばれる
レプトスパーマム(Leptospermum)で、Tea-Treeとも言われるようにチャの花に似た白い花を咲かせている。
霧が流れると、真っ青な空を背景に、白い鋸歯状の山頂部が鮮やかに見える。再び、サルオガゼを纏ったり、妙な形に捩れたりした樹が密生する林に入る。
 急坂を登り切ると木の丈が次第に低くなり、サヤッサヤッも這松状に変わる。タンポポやミヤマキンバイに似た黄色い花の咲く台地の上に、ラバン・ラタ・レストハウス(Laban Rata Rest house)が見えた。
標高3,300地点にあるこのレストハウスの位置は、穂高でいえば涸沢といったところだろうか、背後にはパナール・ラバン(Panar Laban)と呼ばれる大岩壁が迫っている。外のテラスでコーヒータイムを楽しんだが、一人づつケトルがついて3マレードル(90円たらず)。
 夕食はビュッフェ形式で、白いご飯、ビーフンを炒めたもの、骨付きの牛肉、味付けの牛肉(ビーフシチュー風)、野菜炒め(マッシュルーム入り)と卵焼き。味も申し分なく、食堂の座席もゆったりしていて日本の山小屋とは大違い。ただ一つ残念なのはビールが高いこと。ハイネケンもタイガーも16マレードル(約480円)で日本並みだが、回教圏では致し方のないことなのだろう。

夕食後、夕焼けを見に外に出る。ガイドやポーターたちが広場でバレーボールをしている。この高度で元気なものだ。少し上部に別のロッジが見えるが、食事の時はラバン・ラタへ降りてきている。
 壮大な夕焼けが終わり、岩山の上に月が出たので、二階の部屋に帰る。シンガポールから里帰り中のマレーシア人ペアと相部屋だが、二段ベッドが三つあり、ゆったりしている。暑いので暖房を切って、窓の月を見ながら横になる。寝返りを打つと小さい地震のように揺れるのが難だが、ベッドも広くシーツも清潔で居住性は良かった。登頂を控えた緊張からか、あまり眠れなかった。
   「キナバル登山記」(2)に続く

   写真は森沢、久保両氏撮影のものもお借りしています。旅行中に頂いたご厚情に併せ、厚くお礼申し上げます。
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