2015 ヨーロッパ3ヶ国の旅 (2)


3月24日  ホテルを出発して霜で真っ白な道を25km離れたヴィースへ向かう。やがてヴィースの巡礼教会が見えてきた。

ヴィースの巡礼教会

1738年6月14日のこと、ある農婦がこの土地の修道院の修道士が彫った「鞭打たれるキリスト」の木像を貰い受けたところ、そのキリスト像が涙を流した。

最初は奇跡と認定しなかった教会も、噂が広まって巡礼者が農家に集まる一方なので、浄財を募って1757年に現在の教会を完成させた。

右手に見える白い建物が最初の礼拝堂の建物である。
牧場の中に建つ、一見とても素朴な感じの教会だが、内部のロココ様式の装飾の見事さには目を奪われる。  特に「天から降ってきた宝石」と言われる天井画は素晴 らしいものだった。(パンフレットより)
教会を拝観した後、少し引き返す感じでホーエンシュバンガウへ向かい、ノイシュバンシュタイン城を観光。

大きな土産屋のパークの向かい側には、昨夜、ライトアップで見たホーエンシュバンガウ城が聳えている。

ホーエンシュバンガウ城は、ノイシュバンシュタイン城を建てたルートヴィヒ2世の父王・マクシミリアン2世が、12世紀に建設されたあと廃墟になっていた古い城を改築したものである。もともと「ホーエンシュバンガウ」は「白鳥の里」の意味があり、幼少期をこの城で過ごしたルートヴィヒ2世に強い影響を与えたと考えられている。
ノイバインシュタイン城へは、ここから徒歩で緩い坂道を登っていくが、途中まで馬車で行くことも出来る。
 三々五々に自分のペースで集合場所に向かう。雪の見える道をゆっくりと歩くこと30分たらずで美しい白亜の城が近づいてきた。
さらに登ると城壁の下に出て、緩い階段を登ると城壁門の前に出る。
左手の階段上に見えるのは「貴婦人の館」ここでグループごとに決められた入場時間を待つ。やっと入場時間がきて内部に入ったが、この先は撮影禁止。
薄暗い螺旋階段を登ったり、狭い廊下を通ったり、日本語のガイドを聞きながらの城内ツァーだった、正直なところ、城の内部はあまり印象に残っていない。

やはり城は外から見た方がいいようだ。
昼食は少し下のレストランで…名物のマウルタッセン。
パスタの生地に肉を入れたものですが、ちょうどギョーザに似た食感でした。
 飲み物はすっかりお馴染みになった黒ビール。
 そしてデザートのケーキ。また体重が増えそう…。
ノイバインシュタイン城に別れを告げて、 夕暮れのバイエルンアルプスを車窓に見ながら、365km離れたスイスはインターラーケンへ向けてバスはひた走る。

3月25日 インターラーケンで朝を迎える。リタイヤの年(1995)9月、二人では初めての海外旅行が、ハイキングを含むスイスの三大名峰の旅だった。今回のツァーはこの時、悪天で見ることが出来なかったユングフラウだけがコースに入っていて、今度こそはと期待が膨らむ。
二つの湖で挟まれた町・インターラーケンを出たバスはグリンデルワルドの手前、グルンドへ。ここで列車に乗り替える。高度を上げるにつれて周囲は次第に白銀の冬景色に… クライデシャイネックで乗り替えると、アイガーの山腹をくり抜いた長いトンネルに入る。途中駅のアイガーバンドとアイスメール駅で停車後、
終点のユングフラウ・ヨッホ駅へ。ここは標高3454mにある世界最高所の鉄道駅である。 更に超高速エレベーターで標高3571mスフィンクス展望台へ登る。建物の外は前回にも増しての悪天候。飛雪が頬を叩き、痛ささえ感じる。残念ながら今回も無展望に終わった。
ヨッホ駅は2012年、創業100周年を迎えて面目を一新。
<TOUR>と書かれた観光用周遊コースが出来てる。イルミネーションに彩られた通路は、鉄道工夫たちへのオマージュやカルスト帯水層の洞窟を通り…
迷路のように曲がりながら、前にも来たアイス・パレスに続いている。ペンギンやクマさんたちをはじめ、様々な氷の造形物が目を楽しめてくれる。
下山の時間になってクライネ・シャイディックに下る。ここにはスキーのコースが集中している。ここまで電車で来てリフトでさらに上に行く人、ここから滑り下りる人など大勢のスキーヤーに出会った。格好良く滑り降りてきた白人の男性が、スキーを脱いでシャッターを押してくれた。 列車が入ってきた。急勾配のため車輪の間に歯車を付けたアプト式軌道になっている。
 夕方、インターラーケンに帰ると、小雨が降り肌寒さを感じた。Shoppingタイムのあと、今宵の宿、ジュネーヴ郊外のトアリーに向かう。


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